先日、落語公演会を鑑賞しました。
日本でも生で落語を聞いたことはなかったのに、
ニューヨークで日本の伝統芸能に触れられるとは想像もしていませんでした。
紐育落語会が三遊亭竜楽師匠を招いてくださったもので、
前座は、入浴家¢(にゅうよくや・せんと)さんによるウクレレ漫談「寿限無」。
セントさんはジャズ・ボーカリストなのだそうで、ジャジーな寿限無でした。
続いて、竜楽師匠演じる「味噌豆」や「そば清」を鑑賞しました。
短い時間でしたが、師匠の話芸に魅き込まれ、
楽しいひとときを過ごすことができました。
聞いているうちに、なんだか煮豆やおそばを食べたくなってきた・・・。
10歳の長男も、扇子と手ぬぐいだけで
いろいろな表現ができるのが面白かったようで、
しぐさをまねしては、思い出して笑っている今日この頃です。
貴重な体験でした。
2015/09/23
2015/04/30
不自然な日本語
3歳でアメリカに渡った長男は、
4歳からニューヨーク市の学校制度に組み込まれました。
平日は現地校に通い、英語で学習していますが、
土曜日は補習授業校で日本語で国語と算数を学習しています。
日本で生まれ育った日本人を親にもちながら、
アメリカで生まれ育つ子どもにとって日本語は「継承語」、
つまり「親から受け継いだ言葉」です。
子どもの育つ環境で毎日使う言葉である「現地語」は英語で、
彼のように補習授業校に通って学習する子どもたちは
「継承語学習者」と呼ばれています。
さらに、国際結婚の家庭では、父親の母語と母親の母語という
複数の継承語をもつ場合もあります。
そんなわけで、ニューヨークではバイリンガルは当たり前、
3か国語を操る人も珍しくありません。
しかし、継承語は、幼少期から触れている言語なのに
成長するにつれて厄介な言語となることも多いのです。
前置きが長くなりましたが、ときどき、長男が
不自然な日本語を話したり書いたりすることがあり、
これは継承語学習者に特有な現象ではないかと思い当りました。
たとえば、こんな感じです。
「落ちた」(I fell.) → 「転んだ」
「人たち」(people) → 「人々」「○○の人たち」
「(宝くじで)勝った」(I won.) → 「(宝くじが)当たった」
「うれしく遊ぶ」(I play happily.) → 「楽しく遊ぶ」
「覚えない」(I can't remember.) → 「思い出せない」「忘れちゃう」
「犬をもっている」(I have a dog.) → 「犬を飼っている」
「友達を見る」(I see my friends.) → 「友達に会う」
最初は理解に苦しみましたが、自分の英語が上達するにつれ
単純に直訳していることが分かりました。
間違えたときに直してやると、徐々に自然な言い回しになっています。
ただし、「remember」のように意味が「覚える」と「思い出す」の二通りある言葉は
子どもに分かるように説明することが難しいです。
また、「happy」は、場合によっていろいろな使い分けがあり、悩ましい言葉です。
長女は12歳で、次女は8歳で移住しましたが、このような現象は長男だけです。
おそらく、8歳までには基礎的な日本語能力は形成されるのでしょう。
以上、非常に少ないサンプルの研究結果でした。
4歳からニューヨーク市の学校制度に組み込まれました。
平日は現地校に通い、英語で学習していますが、
土曜日は補習授業校で日本語で国語と算数を学習しています。
日本で生まれ育った日本人を親にもちながら、
アメリカで生まれ育つ子どもにとって日本語は「継承語」、
つまり「親から受け継いだ言葉」です。
子どもの育つ環境で毎日使う言葉である「現地語」は英語で、
彼のように補習授業校に通って学習する子どもたちは
「継承語学習者」と呼ばれています。
さらに、国際結婚の家庭では、父親の母語と母親の母語という
複数の継承語をもつ場合もあります。
そんなわけで、ニューヨークではバイリンガルは当たり前、
3か国語を操る人も珍しくありません。
しかし、継承語は、幼少期から触れている言語なのに
成長するにつれて厄介な言語となることも多いのです。
前置きが長くなりましたが、ときどき、長男が
不自然な日本語を話したり書いたりすることがあり、
これは継承語学習者に特有な現象ではないかと思い当りました。
たとえば、こんな感じです。
「落ちた」(I fell.) → 「転んだ」
「人たち」(people) → 「人々」「○○の人たち」
「(宝くじで)勝った」(I won.) → 「(宝くじが)当たった」
「うれしく遊ぶ」(I play happily.) → 「楽しく遊ぶ」
「覚えない」(I can't remember.) → 「思い出せない」「忘れちゃう」
「犬をもっている」(I have a dog.) → 「犬を飼っている」
「友達を見る」(I see my friends.) → 「友達に会う」
最初は理解に苦しみましたが、自分の英語が上達するにつれ
単純に直訳していることが分かりました。
間違えたときに直してやると、徐々に自然な言い回しになっています。
ただし、「remember」のように意味が「覚える」と「思い出す」の二通りある言葉は
子どもに分かるように説明することが難しいです。
また、「happy」は、場合によっていろいろな使い分けがあり、悩ましい言葉です。
長女は12歳で、次女は8歳で移住しましたが、このような現象は長男だけです。
おそらく、8歳までには基礎的な日本語能力は形成されるのでしょう。
以上、非常に少ないサンプルの研究結果でした。
2015/03/16
補習校 卒業式
昨日、補習授業校の卒業式がありました。
高等部から補習校に入学した長女は、たった2年で卒業です。
最長で13年も通ったご家庭には敬意を表したい思いです。
長女は、小学6年生の途中でニューヨークに移住し、
毎週土曜日は、現地の中学校での ESL プログラムがあったので
補習校に通うのはあきらめていました。
現地の高校に入学して、補習校に通っている友だちと出会い、
誘われたのがきっかけで高等部から通わせることにしましたが、
中学3年間の課程を全く学習していないので、どうなることかと心配でした。
そんな親の心配をよそに、クラスメイトに恵まれて、楽しく通った2年間でした。
思えば、日本での卒業式を経験していなかった長女にとって、
これが最初で最後の日本の卒業式です。
これからの生活に、どんなふうに日本語を、
そして補習校で学んだことを生かしていけるかが課題です。
高等部から補習校に入学した長女は、たった2年で卒業です。
最長で13年も通ったご家庭には敬意を表したい思いです。
長女は、小学6年生の途中でニューヨークに移住し、
毎週土曜日は、現地の中学校での ESL プログラムがあったので
補習校に通うのはあきらめていました。
現地の高校に入学して、補習校に通っている友だちと出会い、
誘われたのがきっかけで高等部から通わせることにしましたが、
中学3年間の課程を全く学習していないので、どうなることかと心配でした。
そんな親の心配をよそに、クラスメイトに恵まれて、楽しく通った2年間でした。
思えば、日本での卒業式を経験していなかった長女にとって、
これが最初で最後の日本の卒業式です。
これからの生活に、どんなふうに日本語を、
そして補習校で学んだことを生かしていけるかが課題です。
2015/02/28
高名の木登り
小学5年生の国語の教科書に、徒然草の「高名の木登り」が掲載されています。
私は、小学生の時に古典を教わった記憶はありませんが、
現在の小学校5年生の国語の教科書には、
カリキュラムとして「竹取物語」「枕草子」「平家物語」「論語」が含まれています。
小学校3年生から、俳句や短歌に加え、「いろはにほへと」というお話もあって、
今後も“伝統的な言語文化”に関する内容が増えるのではないかと考えています。
まず、「高名の木登り」の原文を読んでみても、
子どもには何のことやら分かりません。
次に、教科書に掲載されている現代語訳を読んでみると、
「どうやら木登りをして降りるときの話らしい。」
ということが、なんとなく分かる程度です。
登場人物についても、混乱が見られますので、
「木登り名人」と「木に登らされている人」と「わたし(兼好法師)」の
3人が登場していることを押さえます。
古典作品や文語調の詩歌は、「難しい」「つまらない」と思われがちで、
短時間で小学生に古典文学の面白さを伝えるには“ビジュアル”が必要です。
なかでも、NHK for School が非常に分かりやすく、
出演者も豪華で楽しめるので、おすすめです。
NHK for School 「おはなしのくにクラシック」第4回 徒然草(兼好法師)
この「ばんぐみ動画」を見せるのがいちばん手っ取り早いのですが、
さまざまな制約があるため、今回は重要シーンを紙芝居風にして、
原文を一度読み、さらに口語訳を読むと
「あああ、そういうことか。」
と、大半の子どもたちが理解しました。
「失敗というものは、決まって、何でもないところで
必ずやらかすもんなんですよ。」
という木登り名人の言葉に、誰しも思い当たるふしがあるはずです。
私は、小学生の時に古典を教わった記憶はありませんが、
現在の小学校5年生の国語の教科書には、
カリキュラムとして「竹取物語」「枕草子」「平家物語」「論語」が含まれています。
小学校3年生から、俳句や短歌に加え、「いろはにほへと」というお話もあって、
今後も“伝統的な言語文化”に関する内容が増えるのではないかと考えています。
まず、「高名の木登り」の原文を読んでみても、
子どもには何のことやら分かりません。
次に、教科書に掲載されている現代語訳を読んでみると、
「どうやら木登りをして降りるときの話らしい。」
ということが、なんとなく分かる程度です。
登場人物についても、混乱が見られますので、
「木登り名人」と「木に登らされている人」と「わたし(兼好法師)」の
3人が登場していることを押さえます。
古典作品や文語調の詩歌は、「難しい」「つまらない」と思われがちで、
短時間で小学生に古典文学の面白さを伝えるには“ビジュアル”が必要です。
なかでも、NHK for School が非常に分かりやすく、
出演者も豪華で楽しめるので、おすすめです。
NHK for School 「おはなしのくにクラシック」第4回 徒然草(兼好法師)
この「ばんぐみ動画」を見せるのがいちばん手っ取り早いのですが、
さまざまな制約があるため、今回は重要シーンを紙芝居風にして、
原文を一度読み、さらに口語訳を読むと
「あああ、そういうことか。」
と、大半の子どもたちが理解しました。
「失敗というものは、決まって、何でもないところで
必ずやらかすもんなんですよ。」
という木登り名人の言葉に、誰しも思い当たるふしがあるはずです。
古典作品は遠い昔の話だけど、昔の人も今の人と同じなんだな、と
気づいて、妙に親近感が湧くところに面白さがあるのだと思います。
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